強欲な愛と、禁欲な愛

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昨日は都内の閑静住宅街にある庭付きの一軒家でバーベキューをしてきました。

そこの御宅はデブ~な猫ちゃんと飼い主さんの二人暮らし。
この猫ちゃんは最初はホステスさんに飼われていて、飼いきれなくなり、貰われて、
そこでも飼いきれなくなり貰われて、やっとめぐり合った4人目の飼い主さんとのことで、
一見、不憫な境遇の猫ちゃんなのですが、よく考えればとっても幸運な猫ちゃんです。
ここに来たときはすでに5歳くらいだったそうで、純血種とは言え、里親さんを探すのは大変でしょう。
そして、愛情深い飼い主さんにめぐり合えて、しかもそこそこ大きな庭付きの二階建て。

私は飼い主の自分で何でもするのが良いことと思い、満足に手入れ出来ない生活環境でも里子に出すことはせず(っていうか手放したくなくて)飼っていましたが、十分な世話が出来ずに可哀そうなことをしてしまいました。
映画やドラマでも、自分の子供を子供の為に涙ながらに手放すことってありますよね。
最初のホステスさんがどんな心境で手放したかわかりませんが、手放すことも愛情になる場合もあるのだなぁと心底思ったのでありました。(里親次第では良い結果にはならないでしょうが・・・。)

「得ていたい、してあげたい」は強欲的な愛。
「相手の為に手放す」は禁欲的な愛。
結果はケースバイケース、どちらが良いかはわからない。
愛の結果も逆に地獄を見ることもあるだろう。
しかし、どちらも結果を見なけりゃ愛なのである。
愛だからいいとは限らないのだ。
愛を受け取る側も懐が深くなけりゃわかんないのです。

愛に飢えているので、また、愛の話になってしまいました。

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